日本・東アジア文化学科 ゼミの学び

宴席で恋の駆け引き? 歌に隠された真実の想いとは

詠まれた状況を知れば 何倍も楽しめる和歌の深み

東アジアのなかの古代日本文学という視点からテクストを読む 日本古典文学演習(古代)
「あかねさす 紫野行き しめ野行き 野守は見ずや 君が袖振る」。これは『万葉集』に収められた代表的な和歌のひとつです。歌に詠まれている「紫」というのは染料。「しめ」というのは「しめ縄」という物からもわかるように立入禁止の場所を表していて、これは天皇の御料地にある染料畑に、皇族たちがピクニックに行ったときの歌だということが読み取れます。
この歌は額田王が皇太子、大海人皇子に送った歌です。額田王は、まるで不倫関係があるかのように、「私にそんなに袖を振らないでよ。野守(番人)が見るじゃないですか」と詠みます。袖を振るのは当時の愛情表現であり、つまりは「あなた、私のこと好きでしょう」と、微妙な関係にある天智天皇・大海人皇子の兄弟の前で堂々というのです。それに対し、大海人皇子も「あなたのことを憎いと思っていれば、こんなにも人妻を恋しく思わない」という歌を返しています。これは宴の席で交わされた歌であり、実際の関係とは別に、皆を楽しませ、芸術として許容されたあたりに当時の人々のおおらかな様子がうかがえます。しかし、そういった体裁を装いながらも、彼らの想いは真実だったのかもしれない、とも思わされる歌です。

時空を超えて 人々の真心と向き合う

本演習では、古典文学のなかでも『万葉集』を扱い、学生一人ひとりがその和歌のなかから一首を選んで読解・評釈を進めます。『万葉集』の原文は漢字の羅列なので、まずはそれを日本語の和歌として読めるように復元する必要があります。そのために辞典・索引・校本といったツールの使い方を学びながら読んでいきます。歌を正確に読み取るのはもちろんのこと、その魅力や鑑賞ポイントなどは参加者全員で議論することで理解を深めていきます。これまで多くの人が研究を積み重ねたものに、新たな発見を加える喜びを感じられることでしょう。和歌は、たった31文字の中に伝えたい想いを込めて詠ったものです。そこには、千年以上も前の人々が誰かを想って懸命に紡いだ言葉があり、真心があります。その真心と向き合い、寄り添うことが『万葉集』を研究する醍醐味です。
『万葉集』に限らず、古典文学を読むなかでは今の私たちに共感しづらい価値観に出合うこともあるでしょう。しかし、異なる人たちの考え方や表現のありようを理解するということは、現代の私たちに必要な多様性の理解にも通じることだと感じています。

福田 武史 教授

東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻(比較文学・比較文化)博士課程単位取得退学。博士(学術)。武蔵大学人文学部非常勤講師、准教授を経て、2021年より現職。専門は日本上代文学、比較文学等。