サイエンスラボ集中講座A

サイエンスラボ集中講座A(赤城山実習)

 この科目では群馬県赤城山で実習するので、通称赤城山実習と呼んでいます。植物の最も基本的な特性は、動けないことです。そのため、植物がその場にあることは、長い時間の個体間関係の蓄積の結果なのです。当たり前ですが、種は一度芽生えた場所からは動くことできません。植物の最大の特徴は固着生物だということです。したがって、最初に生えたときの地面の環境が大きく影響します。その後は、周りの植物個体全体のまとまりである植物コミュニティーの個体間競争によって一本一本の運命が定まっていきます。偶然の出来事や病害虫、そして人間による操作によっても運命が左右されます。
  • 木の年輪を調べるためにコアサンプルを採取しているところ。特殊な道具を回すのだが、結構な力仕事です。
  • 樹を一本ごとに種類、幹の太さ、高さ、実や花がついているか?などを調べている。毎木調査という植物生態学の基本調査です。
  • 大きなミズナラに登って幹の太さを計測しているところ。
モミの木の稚樹を調べています。母樹からの距離と稚樹や実生の分布パターンを調べ、モミの種子散布の特徴を調べています。
 自然科学では、まずしっかりと観察し、何か不思議なこと、あれっ?と思えることを発見することが最初の一歩です。そうして、仮説を立て、それを実証するための調査方法を考案し、結果をとりまとめて、最初の仮説を検証するという研究方法が確立しています。つまり、現実と思考とのサイクルが重要です。でも、同じ調査をすれば、同じ結果が得られるということではありません。自分が自ら調べ考えることで、木と同じように成長することができるのです。多くの知識を断片的に蓄えるだけではなく、現場でも使える知識に組み立てなおす柔軟性こそが、学ぶ力の本質なのです。それこそが、自ら考え学ぶということだと思い、この実習が組み立てられているのです。
一日の調査を終え森を宿舎へと向かっているところ。大きなミズナラと笹原の美しい森です。
 固着生物であることと個体間競争、この二つの視点から植物コミュニティーを見るためには、木には種ごとに生育適地があることを発見することが肝要です。例えば、種名がわからなくても同じ木がまとまって集団で生えている場所があるとすると、この数十年間の森林動態の結果なのだと気づくことがきます。実は、この赤城山には、そうした小さなスケールで森林が大きく変化している場所がモザイク状になっているので、ほんの数百メートル歩き回っただけで植物生態学の中心概念である動態つまりダイナミクスが理解し易い好適なフィールドなのです。
 
木を調べると時間の流れが分かります。森林には多様な種類の木々が共存していますが、それぞれの大きさ、本数、垂直構造を丁寧に調べていきます。そうすると、森には樹木間の共存と競争の歴史が刻まれていることに気づきます。生物は社会をつくります。動物だけが社会を作っているのではなく、植物だって競争と共存のはざまで複雑な社会を作っているのです。
山での実習の前に赤城山のふもとにある博物館を訪れ、火山と人の暮らしについて学びます。
 フィールドワークは8月に行っています。東京はまだ残暑が厳しい頃ですが、標高が1600メートルもある赤城山は、気温も東京に比べて10度も低い。参加すれば、本当に気持ちの良い森歩きとなるでしょう。深い霧の森を歩くのも、素晴らしい体験です。赤城山はかつては激しい噴火活動をしていた火山ですが、その地形の見方を知れば地球の鼓動が聞こえる調査地です。ぜひ、赤城山で植物の星である地球を体感してみてください。
赤城山のある群馬県は、明治時代、絹産業で栄えました。養蚕、絹産業の歴史を展示している絹の里で、世界文化遺産について学んでいます。
 最後に、自然の中で豊かな経験ができるのも、武蔵学園の赤城青山寮があるからです。教育には、効率だけではない、教育上の豊かさをどのようにうまく組み込んでおくかが肝要です。ぜひ、この施設をこれからも多様な経験の場として利用できる仕組みを維持していくべきです。そもそも、赤城青山寮を軽井沢から移設したのは、豊かな自然のなかで落ち着いて勉学する場を創ることだったのですから。最後に毎食、美味しい食事を楽しませていただいた青木旅館さんに感謝いたします。

寮は静かな湖畔に位置しています。周りの林は人手は入っていますが、よく整備されています。少し離れて登山道のほうへ行けば、自然林が広がっています。夏の終わり、まだまだ暑い東京を離れて、三泊四日の調査で自然のなかを歩き回れば、頭をリフレッシュできます。四年間に一度はこのプログラムに参加してみてください。写真は2019年の調査風景です。