2024年度の活動報告

                                              踊 共二(研究会代表) 

活動の実績

〈例会〉
2024年5月11日(土)15時より総会および第7回例会「共通テーマ:知と技術の交流と融合:アジア世界で起きたこと」が開催され岡安儀之氏(東北大学)による「ジャーナリズムの夜明け:明治の日本と西洋」の発表が行われた。幕末期の日本における新聞ははじめ欧米の新聞の翻訳が大部分であったが、その後の社会的重要性の高まりをうけて各地で独自の新聞が創刊されるようになる。岡安氏は黎明期の日本の新聞が独自の立場を表明する「社説」を重視する傾向を強めたことを強調した。渡欧経験のある記者、福地源一郎に焦点を当て、確固たる政治理念を主張する「社説」を常設することで、日本の新聞が欧米社会にあるような「輿論」の形成につながる政治文化を創り出すことを目指したと論じた。
 
2024年9月20日(金)16時より第8回例会「共通テーマ:知と技術の交流と融合:アジア世界で起きたこと」が開催された。角田俊男氏 (武蔵大学教授)による「啓蒙期ヨーロッパ思想界におけるアジアへの偏見と共感」の発表が行われた。角田氏は、インド古代文明を高く評価し、イギリスの植民地支配に苦しむインドの人々への共感を示した人物に焦点を当て、ヨーロッパ思想における「東と西」の対立や交流について分析を行った。角田氏は、ヒンドゥー社会の改革を目指したラムモーハン・ローイがキリスト教の聖書をインド人の観点から追究したことをとりあげた。角田氏によれば、ローイは聖書研究を深め、三位一体論を偏見・迷信と批判し、欧米のユニテリアンとも協働し、東西文化の融合をはかった。続いて角田氏はイギリスの政治思想家エドマンド・バークを例にインドの人々に対するイギリス公衆の共感の限界について論じた。角田氏によれば、バークは東インド会社が現地の人々との交流と共感を欠いたまま統治し、収奪したことを批判し、当時「先進的」とされた西洋文明を疑い、インド人の人間としての尊厳と権利を認めるべきだという立場をとった。報告後の討論では東アジアも射程にいれた意見交換がなされた。
 
2024年12月20日(金)16時より第9回例会「共通テーマ:知と技術の交流と融合:アジア世界で起きたこと」が開催された。諫早庸一氏(北海道大学特任准教授)による「もうひとつの「天文対話」:モンゴル帝国期(1206~1368)天文学の東西」の発表が行われた。諫早氏は、モンゴル帝国時代のユーラシアの東西における文化交流について当時の史料をもとに概要を述べたあと、西の学者はアリストテレス自然学とプトレマイオス天文学を基盤とする幾何天文学の、東の学者は数的宇宙観に基礎をおく計量天文学のパラダイムをもっていたことを説明したうえで、東西の学者たちの「天文対話」について分析した。諫早氏は彼らの「対話」の成果として、東の道教徒の傅孟質が西のナスィール・アッ=ディーン・トゥースィー(1201~1274)に中国暦を伝えたことをとりあげた。また「対話」において傅孟質に関するトゥースィーの見解について論じた。諫早氏はモンゴル帝国時代において東西天文学の交流は限定的であり、モンゴルは天文の知識を統合・融合する意図を持ち合わせていなかったが、東西の学者たちは互いに競争することで当時の天文学を多様化させ、深化させていたと結論づけた。

2025年3月14日(金)15時より第10回例会「(共通テーマ)キリスト教と東アジア:明治日本の“宗教改革”論」が開催された。第1報告者の踊共二氏は、近世日本のキリスト教徒の「潜伏」の歴史は長崎・出島のプロテスタントとその周辺の日本人も含めて考えるべきであると前置きしたうえで、その潜伏状態からキリスト教(とくにプロテスタンティズム)がかなり唐突に、理解不足のまま明治初頭の「公論」の世界に投げ込まれ、西洋化・文明化の議論に組み込まれていったことについて論じた。第2報告者の永本哲也氏(弘前大学専任講師)は、プロテスタントによる教会等の改革を指す「宗教改革」という言葉の使用が標準的になる明治期の万国史や歴史書、教科書などの通史をたどり、日本におけるReligionが明治前期では「文明化」を引き起こすものとして理解されていたが、後期には個人の内面的信仰に関わる「宗教」として理解されるようになったと論じた。第3報告者のオリオン・クラウタウ氏(東北大学准教授)は、明治期に入って公的空間に現れたキリスト教(プロテスタント)に対抗するかたちで仏教界の知識人たちが仏教の「宗教改革」を唱えたことについて論じた。具体例は原勝郎、北富道龍、高橋五郎、井上円了らである。
 
〈研究出張〉
2024年度には会員数名が国内外に数回の研究出張を行った。国内については共通テーマ「東西の人造人間:古代神話から先端のロボット工学まで」の枠組みで京都出張が実施された。おもな訪問先は歴史的なオートマタ・からくり時計等を所蔵する京都嵐山オルゴール博物館等である。ここにはスイス・サンクロワの時計技師・オートマタ職人フランソワ・ジュノの複数の作品が所蔵されている。調査の成果は今年度に原稿完成予定の会員の共著『アンドロイドの研究:動く人形から考えるロボットまで』[仮題]に反映させる予定である。海外については中国と韓国が渡航先である。中国については共通テーマ「東アジアの近代と脱近代」の枠組みで現代中国の政治・行政における古典思想の応用の実情に関する調査を行うものであった。この調査の結果は2025年度に論文等のかたちで公表される。韓国については共通テーマ「キリスト教と東アジア」の枠組みで韓国におけるプロテスタントたちのうち非暴力主義を唱え、兵役を拒否した人たちについて調査を行うものであった。調査結果は2025年に論文または書籍のかたちで公表される。
 
〈研究成果の公表〉
2024年度の研究成果の公表について述べれば、共通テーマ「東アジアの近代と脱近代」については『武蔵大学総合研究所紀要』32号(2024年)に小特集「東西の善政論と君主鑑」を組んだ。構成を示せば、趣旨説明(踊共二);「『群書治要』:古き「治世の宝典」の伝播と承継」(聶菲璘著、安藤潤一郎訳);「訳者解説:現在の中国における『群書治用』の「活用」とその背景」(安藤潤一郎);伝統中国の政治思想と日本:古代から近世まで/比較史的・比較思想的考察」(伊東貴之);「ヨーロッパの君主鑑:散逸・発見・再利用の背景」(皆川卓)である。共通テーマ「東西の人造人間:古代神話から先端のロボット工学まで」については上記の紀要に「からくり人形師九代玉屋庄兵衛に聞く」(小山ブリジット・織田正太)を掲載した。例会の報告者・コメンテーターのうち本学専任教員の業績として、共通テーマ「キリスト教と東アジア:日欧の宗教[信仰]と文化の相克・融合」「知と技術の交流と融合:アジア世界で起きたこと」に関わるものを挙げれば、角田俊男「ギボンの東方教会史への脱線:カラムジンのロシア国家文明史の分枝」『武蔵大学人文学会雑誌』56/1(2024年)、踊共二「宗教改革の概念史:原語と日本語」『武蔵大学人文学会雑誌』55/2 (2024年)、岡安儀之「書簡は何を語るのか」會田康範ほか編『文化財が語る日本の歴史 社会・文化編』(雄山閣2024年)、Kenichi Nejime, The Immortality of the Soul in the Renaissance: Differences between the West and Japan, in: Europa ed estremo oriente. Relazioni, incontri e conflitti nella prima età moderna, A cura di Stefano U. Baldassarri, Le Lettele, 2025などがある。2025年度から共通テーマに加える「戦争と平和の東西」の準備作業として位置づけている会員の業績としてはカーター・J・エッカート『韓国軍事主義の起源:青年朴正熙と日本陸軍』松谷基和訳(慶應義塾大学出版会2024年)、踊共二『非暴力主義の誕生:武器を捨てた宗教改革』(岩波新書2024年)をあげておく。
 

今後の展開

2025年度は共通テーマに「戦争と平和の東西」を加える。加えて例会運営のいっそうの国際化をはかるために英語による報告を複数回実施する。
・第11回例会は2025年6月20日(金)に「日本統治下の朝鮮における「親日派」女性」というテーマで実施する(英語での報告)。
・第12回例会は2025年9月13日(土)に「18世紀イギリスにおける儒教思想の受容」というテーマで実施する(英語での報告)。
・第13回例会は2025年11月28日(金)に「修復的正義のキリスト教的起源:理論と実践」というテーマで実施する(日本語での報告)。
具体的な内容については、例年と同じく、それぞれの例会の前にホームページで公表し、オンライン参加の申し込みができるようにする。そのほか2025年3月にも追加の例会を行う見込みである。

会員による研究出張は欧州・アメリカ・中国または韓国を予定している。アメリカ出張については共通テーマ「戦争と平和の東西」に関連して2026年の秋に行いたい講演会(フォーラム)の準備を兼ねている。

研究成果の公表については、書籍の出版の最終的な準備(原稿整理と出版社編集部への入稿)を行うと同時に『武蔵大学総合研究所紀要』に本会の会員による論文等を掲載する。