2023年度の活動報告
踊 共二(研究会代表)
活動の実績
2023年度は以下のとおり例会を3回と講演会を1回おこなった。2023年6月23日(金)の第4回例会「共通テーマ:キリスト教と東アジア—日欧の信仰[宗教]と文化の相克・融合」では、踊共二氏(本学教授)による「江戸期日本人のプロテスタント認識:オランダ人・通詞・蘭学者」の発表が行われた。氏は17・18世紀におけるオランダ通詞(通訳)・蘭学者、奉行・老中・将軍といった知識人や為政者たちのプロテスタント認識について書かれた各種の史料をもとに、明治の開国以前に日本人がカトリシズムとプロテスタンティズムを区別できていたのか、できていたとすればそれはどの程度であったかを検証した。コメンテーターの安平弦司氏(京都大学講師)は、踊氏の報告及びそのもとになった論文を近世宗教史・日欧関係史・グローバルヒストリーの優れた研究だと評した上で、近世のオランダ共和国における宗教多様性について紹介を行い、日本の状況とヨーロッパの状況を対比させた。
2023年11月22日(水)には本学総合研究機構と早稲田大学先端生命医科学センターの共催による海外ゲスト講演会が行われた。講師は中国伝統文化促進会《群書治要》伝承委員会副主任のニエ・フェイリン氏で、講演のタイトルは「西洋近代科学と中国の伝統思想:薬学・哲学・倫理学」であった。武蔵大学専任講師の李天舒氏が司会を務め、開会の挨拶には武蔵大学長・高橋徳行氏と早稲田大学先端生命医科学センター長・武岡真司氏が、また閉会の挨拶には武蔵大学総合研究機構長・踊共二氏が登壇した。会場は早稲田大学先端生命医科学センターである(オンライン併用形式)。講演は中国語・英語が用いられ、武蔵大学講師・安藤潤一郎氏が通訳を行った。講師のニエ氏は、薬物治療は人類の健康を保障するものなのかという問題を提起し、中国と西洋の科学の背後にある哲学理念の対比を示しながら、中国の伝統思想における健康、医と病に関する認識および実践について講じた。薬学の研究に際して西洋の哲学的思惟は「二元」、中国の伝統的な哲学的思惟は「一元」であると述べ、「二元」は対抗的なものである一方、中医学の「一元」は症状が寛解する方向へ導くことであると強調した。
2023年11月24日(金)の第5回例会「共通テーマ:東アジアの近代と脱近代」ではニエ・フェイリン氏による「治世の宝典『群書治要』:中国から日本へ、日本から中国へ」の発表が行われた。ニエ氏は、『群書治要』が中華の伝統文化を凝縮した書物であり、日本においては遣唐使によって奈良時代に伝来し、国家の統治のあり方において深遠な影響を及ぼしていたと講じた。『群書治要』は中国では早い段階で散逸したが、江戸時代以降に日本から中国へ伝え戻され、当時の中国(清)の学術界において大きな影響をもたらしたとニエ氏は強調した。この報告の後、皆川卓氏(山梨大学教授)と伊東貴之氏(国際日本文化研究センター教授)によってヨーロッパ国制史および中国思想史の側面からコメントがなされた。皆川氏は、プラトンの『国家』やアリストテレスの『政治学』を例にあげた。それらはヨーロッパから西アジア、北西ユーラシア大陸に広がったが、ヨーロッパで散逸した後にイベリア半島や東ローマ帝国から再輸入され、キリスト教系の「君主鑑」として受容されたと述べた。伊東氏は皆川氏のコメントをふまえて『群書治要』の中身について概説し、散逸したのは中国史において君主観が変容したためであると述べた。その後、中国で散逸した『群書治要』が日本に残った理由について議論されたが、当時の日本の武家社会には『群書治要』が用いられた唐代の政治的実践に近いものがあり、道徳的な訓戒や心得などより具体的な政策論・経世論を重視する宋代以降の中国とは政治体制が異なっていたためではないかとの暫定的結論に至った。講演では中国語と英語が用いられたが、安藤潤一郎氏(武蔵大学講師)によって逐次、日本語に通訳された。なおこの例会の研究発表とコメントは増補して『武蔵大学総合研究所紀要』33号(2024年)に小特集「東西の善政論と君主鑑」として掲載される。
2024年3月27日(水)の第6回例会「共通テーマ:キリスト教と東アジア——日欧の信仰[宗教]と文化の相克・融合」では、松谷基和氏(東北学院大学教授)による「植民地朝鮮と東北のキリスト教系知識人」の発表が行われた。松谷氏は明治期以降の「東北」に注目し、キリスト教主義を貫いた押川方義、吉野作造、鈴木義男らと植民地朝鮮出身者(とくに留学生)とのかかわりに焦点を当て、日本と朝鮮における彼らの影響力および教育、政治、司法に関連する顕著な活動について論じた。コメンテーターの岡安儀之氏(東北大学学術資源研究公開センター史料館学術研究員)は、当時の東北帝国大学の朝鮮人留学生に関する史料を紹介し、実際にどのような人物が来ていたのか、具体的な説明を行った。発表後には日本と朝鮮におけるキリスト教への関心や信仰のあり方の差異について、また「東北」と「平壌」を同種の「辺境」と捉える視点等について、活発な質疑応答、議論がなされた。たとえば、いわゆる「辺境」には先進国の新しい思想や宗教を受容し、これを踏み台にして地位を築こうとする人士が多かったことなどについてである。
その他、研究出張として、本研究会が企画した昨年度の武蔵大学公開講座(第75回)の講師であるからくり人形師、九代玉屋庄兵衛氏の工房(愛知県名古屋市)を本研究会のメンバーが2023年11月30日に訪問し、日本のからくり人形とヨーロッパのオートマタ、さらには現代のロボットに及ぶ「動くヒトガタ」の文化について詳しい聞き取り調査(対談)を実施した。その記録は武蔵大学総合研究所紀要33号(2024年)に掲載される。なお2023年度には武蔵大学HPに本研究会の案内ページを設けた。設立の趣旨を記し、規約および活動報告を掲載している(例会や関連する講演会等の案内はその都度、新着ニュースとしてアップロードしている)。
今後の展開
2024年度の例会:
- 第7回例会 2024年5月11日(土)15時開始(教授研究棟02C会議室) 報告:岡安 儀之氏(東北大学)
- 第8回例会 2024年9月20日(金)16時開始 報告: 角田俊男氏 (武蔵大学教授) 「啓蒙期ヨーロッパ思想界におけるアジアへの偏見と共感」(仮題 コメント: 吉川弘晃氏(明星大学特任講師) 「文化越境史の視点から」
- 第9回 2024年12月20 日(金)16時開始 報告: 諫早庸一氏(北海道大学准教授) 「天文学の東西:ユーラシア的学知の生成」(仮題) コメント:根占献一氏(学習院女子大学名誉教授) 「東西の知の摩擦:ルネサンス研究の視点から」(仮題)
「ジャーナリズムの夜明け:明治の日本と西洋」[仮題]
コメント: 踊共二氏(武蔵大学) 「ニュースの誕生:近世ヨーロッパの場合」
出版計画:
松原仁・小山ブリジット・踊共二(共著)『動く人形、考えるロボット』(仮題)の企画立案・原稿作成(教育評論社から出版の予定。完成時期は2026年を見込む)。
その他:
「共通テーマ:東西の人造人間」に関連して、からくり人形師とオートマタ作家(日本およびヨーロッパ)の工房訪問と聞き取りを実施。「共通テーマ:キリスト教と東アジア」に関連して、韓国での現地調査を実施。2022年度からの例会の内容のうち、可能なものついて総合研究機構紀要に小特集記事を掲載する。また出版計画もたてる。