リベラルアーツ&サイエンス教育ブログ

2017.09.19
- 国東農業研修
2016年国東研修(13)七島藺農家松原さん・七島藺学舎
七島藺のお話は七島藺農家の松原さんと七島藺学舎に伺いに行った。最初は松原さんを訪ねた。現在、松原さんのように七島藺農家をやっている家はほとんどなくなってしまった。だが、昔はこの地域ではほとんどの家が七島藺農家だったという。七島藺は稲のように田植えをして、八月頃に収穫をするのだと教わった。カヤツリグサという植物を品種改良したものが七島藺。断面は藺草のような円形ではなく、三角形をしている。乾かす時に泥をつける藺草の畳と違い、七島藺は草の匂いだけなので嗅いだ時の香りも良かった。

また他にも、七島藺は藺草のような均一な見た目の畳にはならないものの、厚みがあってしっとりとした肌触りであり、何よりも丈夫で強いという特徴がある。そのため、柔道マットに変わる前は柔道の畳としても使われていたらしく、前の東京オリンピックでも七島藺の畳が使用されたらしい。今は使われなくなっているが、もう一度使ってもらいたいとおっしゃっていた。
次に七島藺の畳の作り方を説明していただいた。一枚の畳には平均32kg分の七島藺が使われている。それが途中の乾燥の工程で4kgまで重量が減るのだという。七島藺は織って畳にする前に、一本の茎を半分に割いて細くする作業を行う。今は機械を使っているが、昔は割き台という道具を使っていた。この地域では男も女もみんな昔はこの割く作業をしていて、説明をしてくださった方も子供の頃はこの作業を夜までやっていたのだと教えてくださった。アルバイトのような感じで、8kg分を割くと5円(今の価値だとキャンディー一本分くらい)のお小遣いがもらえたため、そのキャンディーを楽しみに頑張っていたとおっしゃっていた。

次に七島藺の畳の作り方を説明していただいた。一枚の畳には平均32kg分の七島藺が使われている。それが途中の乾燥の工程で4kgまで重量が減るのだという。七島藺は織って畳にする前に、一本の茎を半分に割いて細くする作業を行う。今は機械を使っているが、昔は割き台という道具を使っていた。この地域では男も女もみんな昔はこの割く作業をしていて、説明をしてくださった方も子供の頃はこの作業を夜までやっていたのだと教えてくださった。アルバイトのような感じで、8kg分を割くと5円(今の価値だとキャンディー一本分くらい)のお小遣いがもらえたため、そのキャンディーを楽しみに頑張っていたとおっしゃっていた。

今回私たちは割く作業を、割き台の方と機械の方との両方体験させていただいた。まず割き台を体験した。茎の真ん中と張られた針金が交差するようにして茎を引っ張り、一本の茎を二本に分ける。実際やってみると想像以上に力が必要だった。この作業を早くやっていくには相当慣れないといけないだろう。この割き台と比べると、現在使われている機械では一度に割くことのできる量も多く、スピードも桁違いだった。割き台よりもずっと簡単で作業にかかる時間も短くなっているため、他の作業に使える時間を増やすことができたらしい。

作業を体験した後は新規就農者の淵野さんに七島藺農家になるまでの経緯を伺った。淵野さんは以前会社員として働いていて、結婚後に別府に転勤してきたそうだ。その頃から都会に疲れたこともあり、田舎に住みたいという思いがあったらしい。リーマンショックがあった時にたまたまチラシで七島藺の事を知った。見学に行った後、松原さんのところに研修に行ったという。その一年後、七島藺農家として働き始めたそうだ。仕事については、難しいが自分でお金を稼ぐ実感があり、やりがいのある仕事だとおっしゃっていた。

淵野さんのお話を聞いた後は、松原さんに七島藺の田んぼに連れて行っていただいた。田んぼには七島藺が青々と茂っていたが、私たちが行った時に見たものよりも本来はもっと背が高いらしい。丁度その時は台風が来るということで、七島藺が風でなぎ倒されないよう、最低限必要な高さだけを残して切ってしまっていたようだ。七島藺は10aの広さで畳300枚分がとれ、松原さんは40aの田んぼがあるので畳1200枚分の七島藺がとれるらしい。

ただ、一日に処理できるのは畳25枚分だけなので、松原さんは本当に忙しい日々を送っているようだ。そのため今まで休みは正月の元日と二日だけで、あとは半日くらいの休みしか取れないとおっしゃっていた。しかしそれでも松原さんはこのような人生を選んだことに悔いを感じていないらしい。元々大空の下でやる仕事が好きだったので、体が疲れることはあるものの、本当に辛いと思うことはないとおっしゃっていた。今困っていることは七島藺農家がほとんどいなくなってしまったことで、需要に供給が追い付いていない状況らしい。新規就農者もある程度人数がいないと作業ができないため、少なくとも夫婦で就農など、最低二人以上いなくてはいけないという。需要があっても伝統が残り続けるとは限らないようだ。

次に行った七島藺学舎では最初にパワーポイントで世界農業遺産に登録されたことに関してや国東の農業についてお話していただいた。世界農業遺産に登録されたのは正確には国東と宇佐全体の地域らしい。この世界農業遺産はできたばかりのもので、ヨーロッパやアメリカの登録はまだないとおっしゃっていた。現在世界36地域が登録されていて、そのうちの8地域が日本にあるらしい。この世界農業遺産は世界文化遺産などと違い、どんどん良いものに変えていかなくてはいけないという特色がある。単に昔の農業が残っているというだけでは登録されないのだ。国東と宇佐地域がなぜ登録されたのかというと、森、山、田、そして海へと全てが循環した農業が評価されたのだという。さらに国東に多くあるほだ場のような、広大な畑からだけでなく森の中でも食料をつくるということ。このようなことが世界的にトレンドになってきているため、それも評価されたポイントだろうとおっしゃっていた。

その後は七島藺を使った工芸品をつくっている岩切さんに七島藺のコースター作りを体験させていただいた。作っていて改めて七島藺は触り心地が良いと感じた。ささくれたところがないため、編む作業などもしやすく、工芸品を作るのに向いていると思う。コースターをつくった部屋には他にも帽子や草履などの工芸品があり、七島藺を廃れさせないようにしようという地元の熱意を感じた。