リベラルアーツ&サイエンス教育ブログ

2016.03.12
- 国東農業研修
2015年国東研修(16)宇佐神宮、平田井堰、鳥居橋

神宮の西側から入ると、すぐ右手に弥勒寺跡が見えた。この弥勒寺は立派なものだったそうだが、明治時代の廃仏毀釈により取り壊されてしまったとのことである。さらに進んでいくと奉納のお酒が飾ってあった。酒造見学させていただいた萱島酒造さんのお酒もあり、なんだか嬉しくなった。そして本殿に到着したのだが、参拝する殿が3つあったことには驚いた。それぞれ違う神様をお祀りしているそうだ。また、参拝の方法として「二拝四拍手一拝」という他とは違った方法で参拝するのがしきたりだそうだ。
宇佐神宮の見学を終えた私達は、宇佐市内を南北に流れる駅館川の上流方面に向かった。そして川の下流にある大分県に現存する最古の井堰「平田井堰」から、研修最終日のテーマの一つである駅館川の治水関連の史跡巡りが始まった。「平田井堰」は1185年、宇佐神宮の大宮司・宇佐公道によって公道館の庭池に水を引くこと、そして130町歩ほどの平田別府への用水を目的として造られた。この時造られた堰は杭や芝、赤土を使ったものだったが、現在ではコンクリートで固められたものになっていた。
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駅館川に築かれた平安時代の平田井堰。撮影日時: 2015:09:05 10:29:10 -
鳥居橋を越えようとする平成9年と平成16年の洪水写真には皆驚く。撮影日時: 2015:09:05 10:51:51

次に車を降りたのは、「石橋のまち」院内町の75基の石橋を代表する橋「鳥居橋」だった。この石橋の魅力的な点は、5連アーチの橋脚がすらっとしていて美しいところで、その気品あふれる姿から「石橋の貴婦人」と呼ばれているそうだ。しかしこの「石橋の貴婦人」は大洪水でその美しい橋脚が何度も水に浸かり、その度に崩れまいと耐えてきたという。橋を渡る前にある掲示板には、平成9年と平成16年に発生した台風による鳥居橋の洪水の様子を撮影した写真が掲示されていた。平成9年撮影の写真に写る鳥居橋は橋脚が上まで全て浸かり、5連のアーチは見えない状態になるほどの大洪水に見舞われていた。大正5年7月に完成したこの橋が、現代の異常気象による降雨にも耐えているということ、細い橋脚で美しい景観を保ちつつ、実用性も兼ね備えているというところに驚かされた。「石橋の貴婦人」の橋脚ならぬ「強」脚に驚かされた。