人文学部ゼミブログ

2025.07.15

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  • 日本・東アジア文化学科

日本の近代文学を読む

ブログ投稿者:日本・東アジア文化学科 教授 戸塚 学

日本の近現代文学のゼミナールでは、近代から現代、つまり明治時代から戦後にかけての詩や小説を幅広く扱います。今回は、2・3年生向けのゼミナール「日本現代文学演習1・2」の様子を紹介します。
 
この授業では、毎回一作品(長篇は数回に分けます)、年間25作品ほどの小説を読み解きます。マイノリティの文学やプロレタリア文学など特定のテーマを設けたり、今年度のように時代の流れに沿って作品を取り上げたりします。今年度は、作品を通じて文学史をたどるコンセプトで、樋口一葉や田山花袋から始まり、正宗白鳥や佐藤春夫、川端康成や中野重治、大西巨人や河野多恵子まで、幅広い短・中篇を扱います。

この文章を読んでいるであろう高校生の方は、国語の授業の中で、芥川龍之介の「羅生門」や梶井基次郎の「檸檬」、中島敦の「山月記」といった作品を数回に分けて読んでいると思います。大学のゼミナールでは、それを一回で凝縮して扱います。また国語の授業では先生が準備し解説する事柄—作者の生涯や時代状況、文学史上の作品の位置づけ、語句の注釈などを、参加者が発表します。先行研究を複数読んで、これまでどんな解釈がなされているかをまとめて批判し、自身の解釈を提示します。
 
発表者以外の授業参加者も、自分で毎回作品を読み解いて小レポートにまとめ、発表者に質問したり自身の解釈を述べたりし、教室全体でその作品について解釈を深めていきます。発表や小レポート、議論を通して、文学の読み方だけではなく、論点を絞って文章を論理的に書く方法や、筋道を立てて発言をし相手の意見を受け止める方法など、社会で生きていく上で大切な言葉の技術も磨きます。

とはいえ、大学の授業の中で実際にどんな議論がなされているのか、イメージしにくいかもしれません。そこで、最近扱った江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」(『屋根裏の散歩者』角川ホラー文庫他所収)という作品の回について、具体的に紹介します。

物語は、何事にも飽きやすい主人公 郷田三良が、下宿の屋根裏に押し入れからのぼれることを知るところから動き出します。郷田は、屋根裏をつたい同じ建物の住人の生活を、天井の板の隙間から覗き見る、窃視者としての日々を始めます。郷田はもともと犯罪に興味があり、こうした行為を通してスリルを味わい快楽をみたすというわけです。ところがこうした行為が昂じて、彼はついに一人の住人を毒殺するに至ります。物語は、この郷田の犯罪を、明智小五郎という探偵が暴くところで終わります。


発表者の一人は、この作品の犯人である郷田と、探偵明智小五郎の関係に注目しました。探偵の明智小五郎が郷田の犯罪を暴くとき、犯人の三良と同じように「屋根裏」にのぼり、三良の様子を観察する展開がちょっと特殊なのでは、と指摘しました。たしかに、これではどちらが「犯罪」者かよくわかりませんね。それに、明智は犯罪を解き明かしても捕らえようとはせず、当人の自首に任せます。そこから発表者は、この作品では犯人の三良と、探偵の明智小五郎が、「鏡に反射しあった像」のような関係にあるのではないか、と述べました。

 

教室ではこれを受けて、質問や意見が出されます。

「郷田三良は、明智が告発しないと宣言したにもかかわらず自首するが、それは自分にとって大切だった、屋根裏を散歩する行為を明智に奪われてしまったからではないか」

「タイトルの「屋根裏の散歩者」というのは、明智のことなのか、郷田のことなのか」

「発表者は、乱歩の小説の内容が世間に影響したという例をあげていたが、逆に実際の事件に対して乱歩が反応した例はないのか」

 

ゼミナールの場は、一定の結論を出すわけではなく、対立した意見同士のどちらがより説得的かを考慮しながら議論を進め、作品の理解を深めたり、あるいは問いを発見したりすることを目指していく空間です。今回も疑問が出てきたところで授業としては時間切れになりました。

実際に授業を受けてみた人は、どんなことを感じているのでしょうか。この種の演習形式の授業を過去に受けた方の感想を少し許しを得て抜粋します。
 
《小説を積極的に読む姿勢がついたと思います。文学を読む時、ストーリーを追うだけでなく見えない部分を読み取ること、それを読み取った結果、何を描いた小説なのかを知ることを楽しむのが読むということなのかと思いました。これは勉強に限らず、普段小説を読む時にも生かせることだと思います。今後の文学の勉強にも生かしていきたいと思います。》

講義とは異なって毎回の準備も大変な授業ですが、おおむね肯定的に受け止めてもらうケースが多いように感じています。
このような授業を受けた学生のうちの一部は、卒業論文で近代文学を選択します。卒業論文で近代文学をテーマに選んだ学生は、近代の短歌や詩、小説の書き手から対象を選び、自分でテーマを設定し、そのテーマに即して二年間研究を進めます。小説の舞台となる都市空間について、その作家の小説論と創作との関係、表現や文体の上での特徴、他の作家や思想などからの影響、当該作家の作風の変化など、アプローチは様々です。

文学を学ぶということは、言葉の機能の中でも最も豊かな部分を引き出す技術を学ぶことを意味します。他の人の言葉をうけとめて自分の考えを組み立てることや、人にとどくような言葉を使えるようになること、また現実の困難に直面した時、別の視点から物事を捉え直すことなど、文学作品を読むことで身につく力は、社会に出て仕事をしていく上で根底的な力として役に立ちますし、何より生きていくことを豊かにしてくれます。文学に興味があるという方は、是非ゼミナールを受講していただき、一緒に文学について考えていきましょう。