人文学部ゼミブログ

2012.10.20

  • 人文学部
  • ヨーロッパ文化学科

じっくりと現代ドイツ文学を読む(桂 元嗣)

今年度冬学期のヨーロッパ文学演習では、現代ドイツの作家ベルンハルト・シュリンクの小説『朗読者(Der Vorleser)』を読んでいます。
 
小説の舞台は第二次世界大戦後のドイツ。主人公ミヒャエルの愛した年上の女性ハンナは、本を読んでもらうのが好きでした。のちに判明しますが、彼女は読み書 きができなかったのです。しかしある日ハンナは忽然と姿を消してしまいます。彼が次に彼女に出会ったのは裁判所でした。彼女はユダヤ人虐殺に手を貸したか どで仲間の女性とともに起訴されたのです。しかし仲間たちは読み書きのできない彼女ひとりに罪をなすりつけようとします。彼女を救えるのは事情を知る主人公だけなのですが……というのが大まかなあらすじ。
 
ゼミではまず2~3人からなるグループに各章の要点をまとめてもらい、詳細について口 頭発表してもらいます。参加者は発表内容の不明点や自分なりに考えた点があれば、それについて意見を交わします。このゼミではさらに作品解釈のポイントとなる箇所を抜き出し、ドイツ語の原書をじっくり読みます。
 
今回は主人公が見た夢の場面を精読しました。彼はなぜいつも同じ家の夢を見るの か、なぜ彼は車をUターンさせてまでこの家に向かうのか。なぜその家は防火壁で他から遮断されているのか、その防火壁とはなんなのか、そもそもこの夢を見ているのはいつなのか……。今回和訳を担当してくれた4人には、この2ページ足らずのドイツ語で書かれた夢の描写を訳すだけでも数々の疑問が浮かんだよう です。こうした疑問を前に、みんなが納得する独創的な意見が出ることもあれば、答えらしい答えが思い浮かばなくて、ひたすら沈黙が続く回もあります。
 
ナチスの過去、法の正義と人間の尊厳、世代間の対立、愛、この作品にはいくつもテーマが見いだせますが、もともとこの作品をゼミで取りあげることにしたの は、人生の岐路において文学や芸術がいかなる意味をもちうるかについて学生と一緒に考えてみたいと思ったからです。こうした芸術と生、美と倫理の問題は、 夏学期に読んだトーマス・マンの『トーニオ・クレーガー』でも重要なテーマでした。『朗読者』では刑務所に収監されたハンナが主人公の録音した朗読テープ を聞き続けます。ハンナははたして文学によって救われたのでしょうか。
 
戦後のドイツ文学は「アウシュヴィッツ以降詩を書くことは野蛮であ る」というアドルノの言葉と向き合うことを余儀なくされました。その一方でアウシュヴィッツを描く作品は世にあふれています。オーストリアの作家ルート・ クリューガーはこれを「アウシュヴィッツのキッチュ化」と呼んで批判していますが、そうしたなかでシュリンクがあえてナチスの過去を問う作品を執筆したのはなぜでしょうか。
 
数々の疑問を前に、学生も私も答えを探そうとページをめくり、求める言葉を探すのですが、気がつくといつも終了のチャイムが鳴ってしまいます。
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