社会学部ゼミブログ

2026.06.10

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能登の魚屋さんと、社会を1mm進める話

ブログ投稿者:メディア社会学科 准教授 市川 衛

羽田空港で能登行きの搭乗口の前でゼミ生と
「よう来られたねぇ」
能登半島・穴水町の甲地区。地元で唯一開いている魚屋さんが、アポなしで飛び込んだ私たちを笑顔で迎えてくれました。その後、近所の住民の方々が次々と集まってきて、店先には楽しい会話の輪が。そして、たくさんの新鮮な魚をいただきました。
 
私のゼミの3年生たちが2026年3月、能登半島で過ごした3日間の、忘れられない一場面です。
能登半島地震の「被災地」を訪ねて
2024年1月1日、石川県・能登半島を大地震が襲いました。同年9月には、輪島市などで豪雨による洪水被害も重なり、一帯は甚大な被害を受けました。
 
当時は全国から注目が集まりましたが、発災から2年以上が経過したいま、テレビや新聞、ネットニュースでも被災地の様子を目にする機会はめっきり減ったように感じます。しかし、現地では生活が今も続いているはずです。被災地に暮らす人たちは、いまどんな思いで日々を紡いでいるのでしょうか。
 
私が担当している専門ゼミでは、「社会をよくするコンテンツを作る」をテーマに掲げ、多様な社会課題を題材にしたコンテンツ(ドキュメンタリー、動画CM、イベント、記事など)の制作を通じて、社会課題の調査手法と制作ノウハウを学びます。
 
3年次の年間テーマは「能登の被災地の人たちに喜んでいただけるコンテンツを作る」。その出発点としてこの3月、ゼミ生15人のうち有志5人と能登を訪れました。
能登町にていまだ残る津波の被害の爪痕を訪ねる
「自分が誰を幸せにしたいのか」を知る
羽田空港から奥能登の中心にある能登空港までは、飛行機で1時間ほど。最初に訪れたのは、地震に伴う津波で被害を受けた能登町の白丸郵便局でした。眼前に広がる美しい海が一変し建物を飲み込んだことを示す遺構を前に、学生たちはそれぞれに何かを感じたようでした。
 
その後3日間、地震被害が大きかった奥能登4市町(珠洲市・輪島市・能登町・穴水町)をめぐり、地元の方々や復興に取り組む団体のみなさまにお話を伺いました。
 
冒頭の「魚屋さん」との出会いは、穴水町・甲地区で復興に取り組む「穴水町甲復興団」を訪問する道すがらの出来事でした。甲復興団では、廃線になった駅舎跡を改装し、地域の復興拠点となるコミュニティハウスを作ろうとしています。その途中、ふらっと立ち寄った魚屋さんで、思いがけず地域の方々との温かい時間を過ごさせていただいたのです。
 
「地域の復興を支援する」と言うと、とても大それたことのように聞こえます。でも、「能登のあの地区に住む、あの魚屋さんに喜んでもらえるコンテンツって何だろう?」と考えれば、自然とアイデアが湧いてきます。
 
自分が幸せにしたい「誰か」を、ぼんやりとした集団ではなく、顔の見える一人として知ること。 そのために現地を訪問し、実際にお話を伺うことが、何より大事だと私は考えています。机上の調査だけでは決して出会えない「誰か」の顔を知ることが、コンテンツ制作の本当の出発点になるのです。
能登の古民家で、いろりを囲んでの食事
いろりを囲んで語り合った夜
もう一つ、印象に残った時間があります。宿泊させていただいた、能登町黒川の古民家での夕食です。
石川県では「いしかわサテライトキャンパス事業」という県事業で、学生向けの短期地方留学プログラムを実施しており、今回はその運営を担う会社が事務所として使う古民家に泊めていただきました。
 
代々住み継がれてきた居間にはいろりが切られていて、ゼミ生と教員、そして運営代表の方と一緒に夕食を囲みました。古くから伝わる食器をお借りし、昼にいただいた刺身や地元で買った野菜を自分たちで調理し、語り合いながら味わう時間。ゼミ生たちにとって、忘れがたい体験になったようです。
輪島市の朝市跡で、取材を続ける上田真由美記者(朝日新聞・写真右)に話を聞く
1mmでも、進めてみる
「社会をよくしよう」なんて言われると、自分の手にはあまるような気がしますよね。たとえ総理大臣になったって、そう簡単にできることじゃない、と思ってしまいそうになります。
でも、自分の目の前にある問題を「1mm」でもより良くするように進めることなら、できるかもしれない。同じように思う人が1000人集まれば、1m動きます。100万人いれば、1km動くことになります。
 
だから私は、目の前に問題があるなら、深く考えすぎず、まず1mmでも2mmでもより良くなるように動いてみることに意義があると信じています。そうしてその活動が広がり、同じ思いを持つ仲間が次々と現れたなら、本当に社会を動かすことにつながるかもしれません。
 
このゼミでの能登訪問が、ゼミ生たちにとって、そんなかけがえのない「仲間」と出会う最初の一歩になっていたら、教員として、これほど嬉しいことはありません。