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2023.03.17

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お知らせ

ヨーロッパ文化学科 小森謙一郎 教授 訳『ホロコーストとナクバ——歴史とトラウマについての新たな話法』が刊行されました

本書の概要

本書は、The Holocaust and the Nakba : A New Grammar of Trauma and History, edited by Bashir Bashir and Amos Goldberg, New York: Columbia University Press,2019 の全訳です。

上記の英語版は、2015年にイスラエルで刊行されたヘブライ語版『ホロコーストとナクバ——記憶、民族的アイデンティティ、ユダヤ・アラブ共存』を発展させたものです。当時イスラエルでは、この本をめぐって激しい抗議・非難が巻き起こりました。2011年に通称ナクバ法が可決されていたからです。

ホロコーストで全民族の1/3を失ったユダヤ人は、戦後1948年に自分たちの国民国家としてイスラエルを建国しました。その際、当地の先住民だったパレスチナ人が蒙った「災厄」のことをナクバと言います。追放、略奪、占領、殺害などの総称です。

2011年のナクバ法は、パレスチナ人がこうした「災厄」を追悼するのを妨げようとするものでした。そもそもイスラエルでは、1960年代以降ホロコーストの記憶が絶対視されており、これと何かを比較するのは論外とされていました。ましてや、ホロコーストとナクバを並置するなどというのは、完全にタブーだったのです。

しかし、こうしたタブーに正面から挑戦し、ホロコーストとナクバを一貫したものとみなす歴史的視座の重要性を訴えたのが本書です。 ユダヤ人はホロコーストの被害者である、パレスチナ人はホロコーストの被害者たるユダヤ人が引き起こしたナクバの被害者である、つまりユダヤ人は被害者だがパレスチナ人は被害者の被害者である、だとすればこの歴史とトラウマについてどのように語ることができるのか——このことをユダヤ人とアラブ人の学者・作家計19人が協働して問うています。

本書には、これまで見えていなかったものを見えるようにする、新たな知が示されています。それはきわめて困難な問題に取り組んできた学者や作家たち——日本ではほとんど知られていなくとも世界的には傑出した研究者たち——の情熱と執念の証にほかなりません。

なお、以上の説明では歴史的な側面に焦点を当てていますが、文学、芸術、思想などの面においても、本書は最先端・最前線の知をもたらしてくれるはずです。その意味では、およそ人文学なるものに携わるすべての方々にとって、必読書だと言えるでしょう。

訳者より一言

本書はいわゆる歴史書ではありません。扱われているのは過去ではなく、現在だからです。ホロコーストは過去の出来事ですが、ナクバは現在なお続いています(逆にナクバを通じてホロコーストがなお続いているとも言えるかもしれません)。

たとえば、Huwwaraという単語をインターネットで検索してみてください。焼き討ちにされた村の画像やニュースがすぐさま見つかるはずです(「水晶の夜」が想起されます)。1948年ではなく、2023年の出来事です。しかもつい最近、2月末のことです。追放、略奪、占領、殺害などは、今現在も行われているのです(そしてむしろ激化しつつあるのです)。


にもかかわらず、日本を含む国際社会がほとんど介入できないのはなぜなのか、それどころか新聞やテレビで取り上げられることさえないのはどういうことなのか、ネットの向こうの現実は本当に自分たちとは無関係な遠い国の縁のない出来事なのかどうか、本書を通じてぜひ考えていただけたらと思います。

(小森謙一郎)