自然科学・身体運動科学分野活動ブログ

2022.11.04

  • 国東農業研修

大分県立歴史博物館 石平青 (国東-2022-16)

ブログ投稿者:基礎教育センター 教授 丸橋珠樹(Professor Tamaki MARUHASHI)

  平田井堰を見学した後、私たちは大分県立歴史博物館を訪れた。館内には周辺の古墳群からの出土品をはじめとして、古代から中世、近現代に至るまでの大分県の歴史や文化、人々の暮らしなどにまつわる展示品が展示されていた。ここでは本博物館で主幹研究員をされている平川毅さんと、研修旅行で長らくお世話になっている大分県教育庁の櫻井成昭さんに館内展示の解説をしていただいた。
 
 館内に入ってまず目にしたのは、高さ約7mにもなる巨大な熊野磨崖仏のレプリカであった。平川さん曰く大分県には石造の建造物が多く、中でも磨崖仏はその代表的な存在であり、県内全86か所に約400体もの磨崖仏が存在するという。更にその内の約半数が国東半島に残されているというのだから驚きである。本博物館では熊野磨崖仏の他、国東に次いで多くの磨崖仏が残されている臼杵市の臼杵磨崖仏の計2体の磨崖仏が展示されている。更に平川さんのお話で興味深かったのは、県内でも地域によって磨崖仏の造りに違いがあるということである。これは岩質の違いによるものらしく、比較的柔らかい県南のものは大きく細やかに、一方で安山岩を含む硬い岩質の県北のものは小さく浅く掘られたものが多いのだという。しかし熊野磨崖仏に関しては例外で、県北の磨崖仏でありながら比較的大型の造りとなっている。
 
 次に平川さんと共に国東半島の立体地図の前に移動し、国東半島の地形の特徴と農業について解説していただいた。国東半島は東西約30km、南北約40kmの半島であり、中央に聳える両子山を中心として沢山の谷が放射状に広がっている。この地形の特性上国東半島の河川は急勾配のものが多く、川の水がすぐに海に流れ出てしまう。更に雨の少ない瀬戸内気候に属しているため、農業に利用出来る水が非常に少ないのだという。その中で少ない水を効果的に利用するための方法が、溜池を使った灌漑であった。大分県にある2100面の溜池の内、800面が国東半島のものであるという。
 
 溜池には二つの利用方法があり、一つは溜めた水を谷に流す方法、もう一つは水路で直接水田に水を流す方法である。前者は井堰での灌漑を補助する役割を持ち、江戸時代に村落の主導によって営まれた。後者はより広い範囲での水田の運営を可能にするもので、この方法を用いた溜池は幕末の頃、年貢増収を見込んだ藩主によって作られ、利用されたのだという。地形と気候の不利の中で、限られた水を最大限利用する。これまでの研修の数日間で井堰や水路など様々な水利用のための施設を見てきたが、平川さんのお話を伺う中で改めて知恵と工夫で逆境に立ち向かう当時の人々の強さを感じた。
 
 次に常設展示の部屋の中央に位置する国宝富貴寺大堂の再現模型について解説していただいた。富貴寺大堂は宇佐神宮の大宮司によって建てられた九州最古の木造建築であり、本博物館ではおよそ800年前の建設当初の姿が再現されている。堂内に入ってまず目に飛び込んで来たのは、金色に輝く阿弥陀如来坐像と柱や壁に描かれた煌びやかな彩色画であった。事前学習で調べた現在の富貴寺の姿とは似ても似つかぬ鮮やかさに圧倒された。
 
 彩色画は極楽浄土の世界を再現したものであるとされており、絵の表面に微かに残った顔料の解析や赤外線技術を用いた調査によって、描かれた当時の図様が正確に復元されているのだという。更に阿弥陀如来坐像の裏にある、千手観音が描かれた復元壁画も見ることが出来た。千手観音の手には様々な道具が握られており、それら全てが人々を救うための物なのだという。お堂の正面から裏側まで細部に渡って再現された模型は、実際の富貴寺の雰囲気も再現しているようである。本博物館を訪れる人の中には、阿弥陀如来にお参りをしたり、お賽銭をする人もいるという。
 
 国東半島の農業や仏教文化の歴史など、様々なお話を平川さんから伺った。その中でも特に「歴史は、昔の人々の考え・願い・足跡を辿ること」「地元の人々に正確な歴史を知ってもらうことで、地元に誇りを持ってほしい」という言葉が印象に残っている。歴史とはただ学ぶのではなく、大昔の人々に想いを馳せ、自身を再認識することであると改めて感じた。
 
 最後に、櫻井さんに神仏習合についての解説をしていただいた。元来土着の神が根付いていた日本には、6世紀に仏教が伝来した。以降「八幡神は阿弥陀如来の化身」といったように次第に神と仏を同一のものとして考えるようになった。櫻井さん曰く、神仏習合の習は「重なり合う」という意味を持っているのだという。更に、宇佐神宮本殿の模型の展示についてもお話しいただいた。宇佐神宮本殿は一之御殿、二之御殿、三之御殿の三棟から成っており、それぞれ応神天皇(八幡神)、比売神、神功皇后を祀っているという。現在では宇佐神宮本殿と言えば三棟あるものと認識されているが、当初は一之御殿のみであり、時代を経る毎に二之御殿、三之御殿と増築されていったそうである。「歴史を学ぶことは自分自身を相対化すること。今を絶対視してはいけない」と櫻井さん。確かに私たちは歴史を学ぶ時に、現代の認識や価値観の物差しで測りがちである。過去には過去の視点・価値観があり、現在のものが絶対的な正解ではない。歴史や文化を学ぶ学部に属する者として、忘れてはならないことを改めて認識することが出来た。
 
 大分県立歴史博物館では、数々の展示で国東半島の歴史や文化を実際に見て学ぶだけでなく、歴史を知り、学ぶ上で大切なことを再認識することが出来た。お忙しい中お時間を作っていただいた平川さん、櫻井さんのお二方に改めてお礼を申し述べたい。本当にありがとうございました。
  • 写真1:富貴寺大堂内。中央の阿弥陀如来坐像が眩しいばかりに輝く。撮影日時: 2022:09:04 10:18:19
  • 写真2:裏戸に描かれた千手観音への庶民の多様な祈りについて聴く。真っ黒になっていて見た目には分からない細部もエックス線で輪郭を、そしてわずかに残された顔料を手掛かりに色彩も完全に復元することができる。撮影日時: 2022:09:04 10:23:30