自然科学・身体運動科学分野活動ブログ

2022.11.04

  • 国東農業研修

工房ラ・パロマ 渡戸貴臣 (国東-2022-07)

ブログ投稿者:基礎教育センター 教授 丸橋珠樹(Professor Tamaki MARUHASHI)

 龍神海岸で瀬戸内海を臨みながら長廣さんの奥さんの手作り弁当を美味しくいただき、午後はまず国見町にある工房ラ・パロマに向かった。ラ・パロマは中野伸哉さん・妻の直美さん・息子のマーク周作さんらが家族で営む陶芸とガラスの工房だが、中野さんの本業はイラストレーターである。結婚後、海外生活を体験するべくオーストラリアに移住してすぐに直美さんの懐妊がわかり1991年に周作さんが誕生した。当時の世界情勢の影響もあって日本に帰国したが周作さんが3歳になっても言葉が出ないため病院に行くと自閉症と告げられた。しかし周作さんが粘土遊びをしている時は多動も抑えられユニークなものを作ることから、「周作さんが幸せに暮らせる環境を用意しよう、陶芸を家業にしてしまおう」と陶芸工房を作ることを夫婦で決意されたのだ。国東の文化や歴史などに惹かれたことや、本業のイラストレーターはデータ入稿のため都会・田舎関係ないことから田舎暮らしに当初反対だった直美さんを説得して移住した。
 
 工房ラ・パロマは閉業したスーパーの空き店舗を改装して作られた。入るとまず陶芸やガラス作品が展示・販売されておりそのすぐ奥が工房となっている。工房には周作さんの作品が多く並んでいて、私たちが見学していた時も周作さんは非常に集中して作品作りに取り組まれていた。周作さんはアマビエや鬼、猿やキリンなど空想的なものから現実的なものまで広く個性豊かに表現されている他、手びねりの陶器も制作されている。注文を受けて同じ作品をいくつも作ることも得意のようで、自身の独創性を反映する力は正にプロフェッショナルだった。ガラス作品は主に直美さんが制作されたものでパート・ド・ヴェールという古代メソポタミア文明に起源を持つ希少なガラス技法を用いた、吹きガラスでは真似できない独特の淡い色をした繊細な作品である。中野さんの説明はしっかり聞いていたがついつい並んである作品たちに目と体が向いてしまっていたため聞く態度が悪く申し訳ありませんでしたという気持ちだが、それほどラ・パロマに魅せられた。
 
 中野さんが周作さんとの関わりやイラストレーターとしての活動の経験を基に身に付けた、先入観を捨てて相手の目線に立つ思考法を生かすブランディングのお話も面白く、また同時にためになるものだった。国東に移住してしばらくたった時、国東で果樹園を営む方から温州みかんのブランディングの依頼が来たそうだ。中野さんは元々みかんが好きではなかったため最初は乗り気ではなかったが、農家さんに促されていざ食べてみると「うまい!」となり、多くの人に食べてもらえるようなんとかしなければとブランディングを引き受けた。まずみかんを試食してもらおうと農家さんと一緒に街に出向いて「美味しいみかんですよ」と謳って配ってみるも手に取ってくれる人は少なく、その日の夜の反省会で「美味しい」は人に言われて決まるものではなくて自分で感じるものだよねと話し合い、次の日は「懐かしい味がするみかんですよ」と言って配った。すると手に取ってくれる人が増え「美味しい」と言ってくれたのだ。
 
 そこから手に取ってもらい「美味しい」を引き出す売り方を目指し、誰しも昔家族と一緒にみかんを食べた思い出があるだろうという理由をかけ合わせこの温州みかんを温故蜜柑と名付けた。ダンボールも特徴的で他にはない一昔前のようなデザインと色づかいになっており、こうしてブランディングされた温故蜜柑は、今では、高値で取引される市場である京都市場で3番目に高いみかんとなっている。美味しい味を売りとする定石の販売方法では埋もれてしまうという限界に、懐かしい気持ちに訴えるという別角度からのアプローチによって見事成功に導いたのだ。
 
 さらに、中野さんは宇佐市院内町の柚子のブランディングも手掛けている。この柚子は無農薬栽培のため訪花害虫がつける傷により安値でしか取引されず農家を悩ませていた。しかし中野さんは訪花害虫を初めて聞いた時、「花に訪れる虫だなんてなんだか綺麗だな」と思ったそうだ。そこからマイナスをマイナスと捉えない逆転の発想で虫がつける傷は安全の証として、柚子の傷を「訪花の星」と名付けて商標登録をした。現在は個人店のシェフや国外はフランスまで、高値で取引されている。
 
 私はこれら一連のお話を聞いて感服した。仮に私が訪花の星を宣伝することになったら「訪花害虫は花が咲くと寄ってくる害虫」と名前の意味通りにしか捉えず、「でも科学的には安全なんです」ということをひたすらに主張しているだけだっただろう。物事を多様な視点から捉え人の心理・感情に作用するよう元からある価値を引き出す中野さんの思考には圧倒される。
 
 お話の最後の方で、人は物事の魅力を見つけるときに金の延べ棒やダイヤを見がちだと仰った。完成したものばかりを見ないで固定概念に当てはめることなく原石を探すことが大切という意味だ。私は自分の物事に対する接し方がいかに閉ざされたものだったかを痛感した。今後私も経験を積んでどんな角度からでも物事を捉えられるよう努力し、自身の経験を最大限還元できるよう行動していこうと強く決心した。中野さんご一家、非常に濃い時間を提供してくださりありがとうございました。
 
  • 写真1:工房ラ・パロマで中野さんと集合写真撮影日時: 2022:09:02 16:27:49
  • 写真2:中野さんから国東移住と陶芸工房設立の工夫と経緯、そしてコロナ2年間をどう過ごしたかを聴く。撮影日時: 2022:09:02 16:17:20