自然科学・身体運動科学分野活動ブログ

2022.11.04

  • 国東農業研修

研修旅行の始まりエピソード 丸橋珠樹 (国東-2022-01)

ブログ投稿者:基礎教育センター 教授 丸橋珠樹(Professor Tamaki MARUHASHI)

  コロナで二年間中断しましたが、今年は実施することができました。皆さまの協力のお陰です。旅の直前7月から8月は最大の感染第七波のさなかとなり、大分県ではこれまでの最大数を記録し、全国的な感染拡大のなかでの実施となり、出発直前に陰性検査を受けての現地入りとなりました。
 
 現地集合日9月1日には台風13号は太平洋を西へと進み大東島近くで猛烈な台風に成長していましたが、学生たちは無事大分へ到着しました。この日の夕方には、からあげ花ちゃんの唐揚げを夕食のおかずにと買い出しに出かけましたが、時間雨量50ミリみたいな雨が降りました。でもその後は、研修期間には雨でプログラムが中止ということもなく幸いでした。5日現地解散の日には台風は九州の西海上を離れて北上し、飛行機には欠航もなくて本当に助かりました。毎年、9月初めの台風時期に日程を設定しているので、台風で外にも出れず、河野先生のお宅で櫻井さんの指導のもと田染国絵図の古文書を読んでいたこともあったりして、懐かしい思い出です。
 
 前半3日間は、国東市役所宮園雅彦さんに日程調整をお願いし、全行程、学生たちを車に分乗していただきました。後半3日間は、宇佐市役所の松木郁夫さんに、車分乗と現地解説・案内をお願いしました。最終日、松木さんは避難所開設のため、宇佐神宮でのお別れとなりました。サプライズとして、この研修旅行に参加し、卒業論文として国東の鬼会を取り上げ、国東市役所職員となって2年目の古谷さんも休日を利用して共に巡ってくれました。移住した先輩と直接言葉を交わせるまたとない機会となりました。
 
 武蔵大学のこの研修旅行を行うにあたりコロナ感染対策指針が作られました。項目の一つが「ホテルは個室宿泊」でした。学生支援センター長伊藤先生と学生生活課のお陰で、学生にとっては経費が嵩むので、武蔵大学父母の会から特別援助をいただけるよう取り計らっていただき、誠に感謝いたします。
 
 また、参加人数の最大数を8名としていますが、この10数年間この制限数を超えたことはありませんでした。ところが今年のガイダンスには24名も参加し、参加希望レポートを提出した学生も16名となりました。そのため、研修旅行の主催者である学生支援センター長伊藤誠悟先生とともに面接などによって8名を選定しましたが、落選した方々には申し訳ありませんでした。
 
 毎年事前研究学習を行っています。今年は例外的に、丸橋が人文フィールドワーク入門という実習科目を担当することになりました。科目テーマは都市農業と都市養蜂でした。そのため、国東研修グループとの合同カリキュラムもつくりました。6月18日土曜日、午前は農業経済学の後藤先生の講義を受け、午後には練馬で江戸時代からの農家白石さんの農園を訪ねました。巨大都市東京郊外の農業と国東半島での農業との違いにも、広い視野から目を向けて欲しいと願っています。
 
 今年は研修のなかで、別府にある立命館アジア太平洋大学(APU)の卒業生お二人からお話を聞く機会に恵まれました。お二人のチャレンジ精神には感服しましたが、この大学の精神を体現しているのだと思います。APUは2000年に設立された大学で、私も一度短時間訪れたことがありますが、別府の山道をまだ?と思うほど登った場所に立地しています。別府湾から四国中国地方、そして国東半島も見晴らせる絶景のキャンパスでした。たまたま出会った学生に聞くと「志を持って一生懸命勉強したい人には良い大学だが、そうでない人には厳しいかも」とのことでした。数年前、世界農業遺産協議会会長林先生に紹介していただき、林先生とともに認定申請文書をとりまとめたヴァファダーリ・カゼム先生に、研修参加学生がインタビューに行くということもありました。
 
 ところで研修旅行のタイトルである「国東半島の農業の今と歴史を訪ねて」の始まりのエピソードを知っていただければと思います。私が武蔵町との交流事業を引き継ぐことになったのは2006年頃でした。ちょうど武蔵町も含めて4市町村が合併して新しい国東市ができるにあたって、継続すべきか、区切りを入れるべきかと迷っていました。それまでは農たい(農業をしたいという意味)の学生団体を中心に、結構数多くの武蔵学生が農業研修をしていました。農業体験といっても、数が多いので見学程度で、終われば観光地を訪ね、宿泊は武蔵町の宿舎美郷を利用し、期間も2泊3日でした。
 
 もう少し学習内容の深い研修にするには、期間を4泊5日に長くして歴史的視点から今の農業を見直すとの粗い目標を設定しました。でも具体的な方法や指導してくれる人も手探りでした。唯一の手掛かりは「六郷山と田染荘園遺跡 ー九州国東の寺院と荘園遺跡ー」という本でした。この本の著者櫻井成昭さんに、当たって砕けろで、休館日だった月曜日に大分県立博物館を訪ねました。アポなしで「櫻井さんにお会いしたいのですが」「今日は休館日ですが来ていますので待っていてください。」ひとしきり研修の趣旨を説明し、歴史を訪ねての講師をお願いしたところ、意外にも二つ返事で「いいですよ」「え?でもなぜ?」
 
 櫻井さんがおっしゃるには「実は武蔵大学の瀬田先生のような学者になりたいと思っています。武蔵大学の方とこうしてお会いできたのも良い機会、引き受けます。」とのことでした。研修場所は田染が最適で、田染にお住まいの河野了先生に会っておいて下さいとのことでした。博物館を後にして、紹介していただいた河野先生を訪ねました。同じように研修の趣旨をお話し講師をお願いすると「はいお手伝いします。以前武蔵の先生をお助けしたこともありますし。」と、またまたの二つ返事でした。河野さんが以下のようなエピソードを語ってくれました。
 
 武蔵大学の瀬田先生を案内したことがあるのですよ。夕日観音の近くでうろうろしている方がいたので、何かお手伝いすることはありますか?と尋ねると、福岡での学会を機に、日本史研究の新しい潮流がうまれている場所を訪ねてきたのですが、地理不案内で迷っていたとのことでした。案内しながら色々と話をしているなかで、武蔵大学の瀬田教授だと自己紹介されたそうです。瀬田さんは、田染荘での研究成果について、熱心に沢山質問されていました。詳しく勉強している学者だなあと感心したとのことでした。
 
 櫻井さんの著作の元となったフィールド研究を支えたのが田染で地区の歴史を研究していた河野先生でした。この地に生きる人でなければ分からない、地域に伝承された歴史を詳細に掘り起こしている人物です。櫻井さんたちのフィールドワークでは、河野先生が、鎌倉時代の文書に記された地名はこの場所この地点のしこ名です、と今と歴史を結ぶ働きをしたそうです。数百年の歴史が深く刻まれ、現代にも続いているのが田染地区なのです。研修時には「ここは山之口です。鎌倉時代、ここで数人殺された戦いが起きたと文書に残されています。」と案内してくださいました。学校の先生をしておられたので、この地区の人々は皆教え子とのことでした。瀬田先生のお陰で、櫻井さんと河野先生のお二人を現地踏査の講師とすることができたのです。櫻井さんは、忙しい合間に、最終日にサプライズで同行してくださいました。「武蔵の研修旅行での現地踏査と解説は、自分の学芸員の原点」とのこと、誠にうれしい言葉です。
 
 農業の今の方では、交流開始以来、研修で対応してくれている長廣正光さんたちの負担も少なく、でも交流が深まるにはどうしたら良いか?長廣さんから「丸小野から離れた場所でなく地区公民館に泊まりながら、農業体験をしたらどうか?朝食は我が家で食べればよい。」との提案がありました。豊かな交流と研修先に負担が少なく濃密な農業体験の実現のため最大数を8人としました。
 
 朝6時、寝泊まりしている公民館のサイレン塔から流れるチャイムで起床し、7時半にはお隣の長廣さん方で朝食をいただきます。二人から三人ずつ、長廣さんともう一人のねぎ農家横山克巳さんとブドウ農家都留一真さん、合わせて3人の方の現場で、農業体験を行い、作業中に多様なお話を聞くというスタイルとなりました。午後には、農家の食であったうどん打ち、餅つきと草餅作り、ねぎ餃子などを学生たちが自分たちで料理して、夜は土間で手料理とイノシシ肉と海の幸を市役所の方々と食べながら、交流を深めるという形に落ち着きました。長廣さんご一家のおもてなしに甘えることになり誠に感謝しています。学生たちもおばあちゃん、おじいちゃんの家に来ているみたいという安心感をもたらしてくださいました。
 
 歴史での宿泊は、いつも田染の河野ご夫妻が営んでる農家民泊おふじに連泊でした。田染でも最も奥まったおふじという集落にポツンとあり、携帯電話の圏外、カーナビには道が表示されないと学生たちは驚いていました。でも自動車道路が四通八達する前には、この集落から日豊本線への最も重要な往還だったのです。今では全国に沢山ある農家民泊の始まりは安心院でした。激しい過疎と少子高齢化のなか、農村の新しい試みでした。この農家民泊という形を推進してきた行政側の中心人物の一人が松木さんです。研修内容を安心院と宇佐に拡大するときにお世話になり、その後も私たちの研修を支えてくださっています。
 
 ここ15年ほど続けてきたこの研修旅行も丸橋の教員生活最後の仕事の一つとなりました。これまでの交流と感謝の機会をということで、三河明史国東市長さんには夕食を共にする場を設けていただきました。また、長廣さん都留英基さん古谷凪沙さんともいつものほろほろで楽しく思い出を語り合いました。この研修旅行に長く同行していただいた越名秀樹さん、武蔵大学経済学部卒業生で市役所に勤めている岩武恒希さんとも、市役所の後輩先輩となる古谷さんも交えて国東の食を堪能しました。
 
 毎年続けていても、毎年新しい発見のある研修旅行です。国東半島の歴史と人々の営みの深さを学生たちが感じて、新しい自分の発見と成長の糧となっていると信じます。そして何よりも、信念を持つ人々は優しいという、社会への安心感を育んで欲しいと願っています。
 
  • 写真1:2022年9月3日の気象庁の台風情報、台風の経路と今後の進路予報。
  • 写真2:一日前に空港へ到着したところ、サプライズ!長年に渡って研修旅行を支えてくださった越名さんが横断幕を手に出迎えてくれた。撮影日時: 2022:08:31 12:54:23