2019.03.19

活動ブログ名:国東農業研修

前入り研修 1日目 両子寺訪問 古谷凪沙(2018年実習-32)

本来この国東半島農業研修は9月2日からとなっていたのだが、私は長廣さんにお願いをして2日早く前入りをした。この前入り期間では、全体研修では経験できないような貴重な体験をたくさんさせていただいた。

 

まず前入り1日目。大分空港に着くとロビーで昨年もお世話になった長廣さんが待っていてくださった。久しぶりのご対面に若干緊張する。車から見る景色はとても懐かしい景色で「本当に国東半島に戻ってきたのだなあ!」と思うと同時に何だか信じられない気持ちになった。車の中では働き口の話、外国人労働者の話、長生きの話など様々な話をしながら長廣さんのお家へ。特に印象的だった話は、目に見えている家すべてに人が住んでいるわけではない、という話だ。長廣さんのお家に向かうまでにはそれなりにたくさんの家があり、田舎とは言うが思っているよりも人がいてあまり過疎ではないような印象があった。しかし実際は見えている家の半分近くが人の住んでいない空き家らしい。完全に出て行ってしまった人や年に数回戻ってきて掃除をする人など様々らしいが、それでも家の半数が空き家だとわかるととてもさみしい気持ちになった。人が少ない集落よりも空き家が多い集落のほうがより悲しい。過疎化の実態を改めて目の当たりにしたように思う。

 

長廣さんのお家に到着、さっそく長廣さんの家で飼われている犬、くろに会いに行く。一通りじゃれ、さあお家に戻ろうとした瞬間、目の前を1羽の鶏が歩いて行った。鶏が放し飼い・・・?という戸惑いの後に衝撃の事実に気が付く。昨年、私が研修に来たとき長廣さんのお家には生まれたばかりの2羽のひよこがいたのだ。そう、あの時のひよこはいつの間にか立派な鶏になっていたのである!新たにもう1羽の鶏を加え、合計3羽の鶏が放し飼いされていた。鶏たちは勝手に道に出てあちこちを歩き回っている。おなかがすくと家の中に入れてもらいご飯やおかずなどを分けてもらっていた。なんとも自由な生き方である。去年のひよこが鶏にと思うと時の流れの速さを改めて実感し、もうあの時から1年もたったのだなあと改めてしみじみと感じた。ちなみに昨年共に農業研修を行ったメンバーにこの事実を伝えるとみな驚き、また、もう研修から1年か・・・皆思いをはせているようだった。

 

さて、私が大分空港に着いた時にはまぶしいくらいに青空が広がりじりじりと暑かったのだが、午後の天気は一変、激しい通り雨と雷が続く不安定な天気に。お昼ご飯を食べて天気が良くなるのを待つ。今年の夏は異常な暑さが続き、国東半島も日照りのような状態が続いたそうだがここ数日間は激しい夕立が来ているという話を聞いた。この日の通り雨は激しく、まるで台風が来ているかのようだった。

 


目の前の霧がかかっている山が両子山。国東半島で一番高い山である。古谷凪沙撮影

 

天気が落ち着いたタイミングで長廣さんが両子寺に連れて行ってくださった。近道である山道はもちろん舗装されているはずもなく、ぎりぎり車が通れる道幅には上下左右、様々な方向から枝葉が飛び出していた。濡れた木々の隙間から差し込む強い日の光は緑をキラキラと輝かせとても幻想的な景色だったことを今でもはっきりと覚えている。

 

両子寺に到着するとまず目についたのが大量の沢蟹である。沢蟹が道の上を歩いているのだ。雨が降って出てきたのだと思われるが、それにしても歩けば蟹、蟹、蟹、蟹・・・。1匹くらい気が付かずに踏んづけていてもおかしくはない。この沢蟹、唐揚げにして食べるとおいしいらしく、過去の武蔵大学の農業研修でふるまったことがあるそうだ。おいしいかどうかはさておき興味はある。いつか食べてみたい。

 

両子寺境内には石で造られた立派な鳥居や狛犬、灯篭などが多くみられた。さすが石仏が多くみられる大分県である。お寺なのに鳥居があるということからも大分が神仏習合を発展させてきた土地であることがよくわかる。また、両子寺は安産祈願でも有名なお寺で仏像にも子供が彫られているものが多くみられた。

 


石でできた鳥居。よく神社で見かける赤い鳥居と比べてどこか歴史を感じさせる雰囲気をまとっている。古谷凪沙撮影

 

有名な奥の院はかなり急斜面なところに立っていた。これを現代の技術がない時代に昔の人が建築したと考えるとすごい。このような急斜面にわざわざ奥の院を建てたということは、やはりそれだけこの場所が昔の人々にとって神聖な場所で大切な場所だったのだろう。奥の院の裏には洞窟があり、仏像が祀られている。洞窟の岩からは水がしみだしていて、これは「不老長寿の霊水」とされているらしい。せっかくなので飲んでみた。寿命が延びたかどうかはわからないが、霊水はとても冷たくおいしかった。

 


両子寺の奥の院。写真からは分かりにくいが、急斜面上に建っている。古谷凪沙撮影

 

ここでいったん車に乗り、少し離れた走水観音へ。走水観音は観音様の下から湧水が出ている場所で、この水は干ばつでも無くならず年中一定の水量を保っていて水温も常に変わらないといったことが言い伝えられている場所である。小さなお堂が建てられていたが、長廣さんによると昔はなかったそうだ。また昔はこの湧水でご飯を炊く人もいたそうだ。現在では舗装されているが両子寺同様、走水観音も急斜面を上ってこないとたどり着けない。昔の人々はわざわざこの水を汲みに山を登り、重たい水を抱えて下って行ったのかと思うとすごい。はるか昔からたくさんの人々が目の前に沸く水で生活をしていたと思うと不思議な気持ちになった。

 

両子寺からの帰り道、道の駅夢咲茶屋に寄りコーヒーをいただいた。毎年研修で訪問している里の駅むさしに比べてこぢんまりとしていたが、なんとここ、年間で1億円の収入があるらしい。想像をはるかに超える金額に困惑が隠せない。長廣さんは、このくらいのサイズのお店のほうが商品が多すぎず少なすぎずお客さんにとってちょうどいい、とおっしゃっていた。

 

夢咲茶屋を後にし、長廣さんのお家に向かう途中エースというスーパーに立ち寄った。ここは長廣さんのお家から最も近いスーパーである。ここを逃すともうスーパーどころか、その他のお店すら見当たらない。エースはあまり大きくない、都会に住む私たちから見ればむしろ小さなスーパーだが、食料品から日用品まで品ぞろえは豊富である。そして驚いたのは魚の安さである。東京なら切り身がパックされているところ、ここでは魚丸ごとそのままの姿でパック詰めされていた。夕食用にとたくさんの魚を買ったが、レジのお会計でそれでもこのお値段!?とびっくりしてしまうような安さ。そしてこれがまたとてもおいしい。研修を通してたくさんの魚を食べたのだが、国東半島の魚がおいしすぎたため研修後東京に戻ってスーパーのお刺身を食べたとき、なんだかしつこいような、脂っこいような味がしてあまりおいしいと感じられなかった。上京してきた友人が「東京の魚はまずい」と言っていて「へーそうなんだ」くらいで聞き流していたのだが、やっと友人の言っている意味が分かった気がする。地元でとれた魚だからこそ新鮮でおいしいのだ。

 


大雨が降ったりやんだりを繰り返したため、帰り道はどこもかしこも虹だらけであった。古谷凪沙撮影

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