
この演習は、講義科目の「中国の民族と社会」と対になったものですので、演習を履修する学生は、講義科目も履修することが望まれますが、時間割の関係で演習だけしか履修できなくてもかまいません。その代わり、別の年に講義科目の方を履修してもらいたいと思います。
また、「中国」と銘打っていますが、必ずしも中国語を履修していなくてもかまいません。というのは、前半のIでは、中国に関する基本的な文献を皆で輪読していきますが、後半のIIでは、各自のテーマでリサーチしたものを、発表をしてもらうからです。
テーマは中国に関するものが理想ですが、実際には日本、もしくは日本と中国との比較というものも多くあります。私が専門としている地域は中国ですが、当然、日本にも関心がありますし、デシプリンとしては文化人類学ですので、日本を研究対象としてもまったく問題はありません。近年のテーマの傾向としては、中国と日本の死生観や風水の比較、中国の少数民族、喫茶や外食などの食文化に関するものが多くなっています。
昨年度は、前半で『中国文化人類学リーディングス』を皆で精読しました。直接、自分のテーマに結びつかなくても、基本的な文献を批判的に読み込むという訓練は、有益な事と思います。今年度は、『中華民族多元一体構造』を輪読しようと考えています。
二年生にとっては、将来の進むべき方向の一つの選択肢として、気軽に履修してもらってかまいません。しかし三年生となると、卒論執筆に向けての準備の意味合いも出てきますので、早めにテーマを絞って、準備していく必要があります。経験を積んだ三年生の発表は、二年生にとっても、いい勉強になると思います。
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「ヨーロッパ比較文化学科」って何をしているところ?
-という質問をよく投げかけられます。よくよく聞くと、「ヨーロッパ」はわかるのですが、それを何と比較するかがわからないようです。もちろん日本との比較をするゼミもありますが、意外と予想がつかないのは、ヨーロッパの中で比較する、ということです。
ヨーロッパはEUとして集合体を形成してはいますが、その中には四国や北海道くらいの大きさのたくさんの個性豊かな国々が共存しているのです。ヨーロッパを横断する国際列車に乗ると、数時間でまったく違う言葉の国に入り込みます。それがヨーロッパの何よりの醍醐味です。
どうしてひとつの言語にしてしまわないの?どうしてひとつの通貨にできないの?-ヨーロッパ比較文化学科の学生は、たいていが旅行か本で知ったヨーロッパの街並みや文化に魅了されて、「とにかく知りたい!」という気持ちで飛び込んでくる子が多いです。彼らの疑問を、一緒に解き明かしてゆくのがこの学科のゼミなのです。
さて、私のゼミではヨーロッパの何を比較しているでしょうか?「ドイツ文学演習」という科目名ですが、ゼミ生の間では「ユダヤゼミ」と呼ばれています。ホロコーストで600万人も殺害されたユダヤ人たち。彼らについて何でも知ろう、ということで、ユダヤ系作家が書いた文学作品やエッセイを、基礎知識を調べつつ、読みといています。
めいめいが自分のテーマを持ってゼミに臨んでいます。ある学生は東欧ユダヤ人と同化ユダヤ人の思想の違いを調べ、ある学生は正統派ユダヤ教とハシディズムの違いを調べています。こうした違いがわからないと、作品を読んでいてもユダヤ人の本質に到達することができません。
[写真はオーストリア・アイゼンシュタットのユダヤ人墓地(2006.8.福間撮影)]
武蔵大学のゼミは少人数制なので、ひとりひとりが大切なメンバーとなります。私のゼミでは「情報の共有」を重視しているので、一人が調べてきた情報を全員が共有できるように心がけていますが、そのためには話しやすい雰囲気が大切です。同じ目線で、ゆっくり言葉のやりとりができる空気がここにはあります。
ある学生がこのゼミの学びについて、こう言ってくれました
―「前に進んでいる気がする。」