2017.06.26

Category:社会学科

メディア社会学科 准教授 針原素子

「疑うこと」を学ぶ(GDSコース)

グローバル・データサイエンス(GDS)コースの学生は、第1クォーター(4月から6月上旬までの学期)の間、週2回の初年次基礎ゼミ、週4回の英語の授業の他、週2回のクリティカル・シンキングというゼミ形式の授業をとります。これは、データサイエンスを学ぶ上で、またグローバル時代を生きる上で必要となる基礎的な考え方を学ぶためのゼミです。

データサイエンスは、データに基づいて何かを述べるサイエンス(=科学)です。ですから、「私はこう思う」という主観的な主張ではなく、客観的な根拠に基づいて議論する必要があります。また、グローバル時代においては、価値観の異なる人とコミュニケーションをとらなければなりません。客観的な根拠に基づいた議論が必要になるのです。クリティカル・シンキング(批判的思考)とは、まさにそこで必要とされる能力なのです。

 

なにげない文章にも「論証の構造」がある

なんらかの根拠に基づいて結論を導くことを「論証」と言います。たとえば「武蔵大学はゼミに力を入れているからいい大学だ」という論証を考えてみましょう。これは、「武蔵大学はゼミに力を入れている」という根拠①と、「ゼミは学生の力を伸ばすことができる」という文章には明確に示されていない根拠②、さらに「学生の力を伸ばしてくれる大学は、いい大学だ」という同じく文章に明示されていない根拠③から、「武蔵大学はいい大学だ」という結論を導いていると考えることができます。

ある論証が適切かどうかを判断するには、まず、このように論証の構造を捉えることが必要です。学生達は、普段、厳密に考えたことのない文章の構造を分析し、ひとりひとりが考えた論証の構造を「論証図」として発表しました。

 

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 (同じ文章でも、二人は異なった「論証図」を描いた)

 

論証の正しさを評価

それでは、見つけ出した論証が正しいかどうかは、どうしたら分かるでしょうか。。

根拠に述べられていた内容を基に論理的に結論を導き出すことを「演繹的議論」といいます。根拠が正しいならば、結論も必ず正しいことになります。たとえば、「人間は生きるために酸素が必要だ」という根拠①と「Xは人間だ」という根拠②があれば、必ず「Xは酸素が必要だ」という結論が正しいことになります。ただし、結論の導き方は少し複雑で、「人間は生きるために酸素が必要だ」という根拠①と「Xは酸素が必要だ」という根拠②からは、「Xは人間である」という結論は導き出せません(他の動物も酸素が必要だから)。

 

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(「演繹的議論」の正しさについての発表を聞く)

 

一方、「帰納的議論」というものもあります。根拠で述べられている内容を超えて、新しいことを結論として述べようとします。「このサプリメントを飲み始めてから体重が減っている」という根拠から「このサプリメントはダイエットに効く」という結論を導くようなものです。この場合、他に体重減少を説明する方法がないかどうかを検討することが必要になります(「同時に運動を始めたのかもしれない」、「一番太った時に飲み始めたから自然に減ったのかもしれない」「夏ばてしたのかもしれない」など)。このように、別の解釈をいろいろ考えるという方法は、今後、社会学においてとても重要なものになります。

 

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(独創的な解釈が次々に出てくる)

 

人間が陥りやすい説明の誤り

私たちは、何か出来事があった時、ごく自然に何が原因でそうなったのか、と考えをめぐらします。しかし、そこで思い浮かべる原因は、偏ったものであることが知られています。一番目立つ出来事だけを原因と考えやすい、他人の失敗はその人の性格や能力のせいと考えやすい、反対に自分の失敗は状況のせいと考えやすい、などの偏りのことです。

ゼミでは、半数以上の学生が何らかの超常現象を信じていました。“心霊体験”を、「これは霊の存在以外では説明できないだろう」とでも言うように自信満々に説明していました。しかし、そのストーリーには共通点がありました。「“出る”と噂の学校で、夏の補習教室を受けていたら・・・」「修学旅行で沖縄の防空壕に行った時・・・」「文化祭でお化け屋敷をしていた時・・・」などなど、霊の存在を予期するような状況での体験ばかりでした。

それに対して、1つ1つ「遅れて来た学生が教室を覗いたけれど、入りにくくて帰ってしまったのでは?」「霊のせいじゃなくても、過去に大勢の人が亡くなった場に身を置いたら涙があふれることはあるよね」などと別の見方を考えていきます。そのうちに、あれほど自信を持っていた心霊体験にだんだん自信がなくなってくるのです。

 

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(金縛りになった自分を見下ろしていた「何者か」を実演したが・・)

 

次はオーストラリアで英語を極める

第1クォーターで、クリティカルな思考を身につけました。自分の考えが、勝手な思い込みや個人的な価値観に基づいていないかどうかを疑い、科学的に妥当な根拠に基づいた議論を展開する力です。そのような力は、異なる文化圏の人と話すときに欠かせないものです。

英語で話してみると、相手に「Why?」と質問されてもうまく答えられないことがあります。それは会話の能力が低いのではなく、普段から無意識にそうだと思っていたため、言葉にして考えてもみなかったことだから、という原因もあります。クリティカルな思考はこのような時に役立つのです。

学生たちは、第2クォーターの海外英語研修のため、オーストラリアへ出発しました。「協定留学に行けるように英語力をつけてきたい」、「文化の違いを学び、視野を広げたい」など、さまざまな期待とちょっぴりの不安を抱えてのチャレンジです。

 

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(壮行会で夢や決意を語り合う)

 

 

 

 

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