2017.03.27

Category:ヨーロッパ文化学科

ヨーロッパ文化学科 准教授 小森謙一郎

もはや本当に戦後ではない

3.11以降、「暗い時代」に入ったと言えるでしょう。「暗い時代」が回帰してきた、と言うべきかもしれません。

 

回帰するのは、抑圧されたものです。戦後、「暗い時代」は抑圧されてきました。抑圧してきたのは「戦後」です。戦後であって戦前とは異なるという価値観が、「暗い時代」を抑圧してきたわけです。

 

ところで、「暗い時代」というのは、ナチス・ドイツから逃れた詩人ベルトルト・ブレヒトの言葉です。戦後、ハンナ・アーレントが自著のタイトルに用いて有名になりました。アーレント自身も、ヒトラーの国から逃れた亡命思想家です。

 

しかし、「戦後」とは一体何だったのでしょうか?

 

『暗い時代の人々』(1968年)

『暗い時代の人々』(1968年)

 

ここ数年、私が担当している3年生向けのゼミでは、大きく分けて2つの点に着目しています。原子力と全体主義の問題です。

 

原子力の問題というのは、原発と原爆の問題です。日本の場合、1945年のヒロシマと2011年のフクシマの間には、1955年の原子力基本法があります。被爆国となってから10年後、核技術の開発が合法化されたわけです。「平和利用」は暗黙裡に「軍事目的」を含んでいます。
世界的に見ても、核開発は戦後大きく発展しました。「暗い時代」を終わらせた核兵器への欲望は、実際のところ抑圧されていないのです。

 

他方、全体主義の問題とは、「暗い時代」そのものです。ホロコーストはその頂点のひとつです。戦後、こちらは抑圧の対象となりました。「悪」の問題としては、アウシュヴィッツの方が核兵器より具体的だったのかもしれません。
しかしながら、歴史修正主義の登場を経て、世界各地で排他主義が復活している現在、抑圧はやはり挫折しつつあるようです。今のところ小康状態を保っていますが、どうなるかは誰にもわかりません。

 

となると、「戦後」とは結局何だったのでしょうか? 核兵器を背景に「悪」がより力強くなって回帰するための準備期間に過ぎなかったことになるのでしょうか?

 

日本では、早くも1956年に「もはや戦後ではない」と言われています。前年のGDPが戦前の水準を超えたのを受けてのことです。その後の高度経済成長は、未曾有の豊かさをもたらしました。
60年後の今日、その豊かさを補うために車ではなく武器を(!)売らなければならないとすれば、「もはや本当に戦後ではない」と言わざるをえません。

 

そして「暗い時代」に問われるのは「人間性」であり、「戦後」はそこに最後の残滓を見出すことになるでしょう。「人間性」はフランス語だとhumanité、「人文学」でもあります。

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